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旅の記録以外の戯言を・・・
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2014-2017 BigIsland ハワイ島
ハワイ滞在中に何度かか訪れたビッグアイランド(ハワイ諸島の中で一番大きいのがハワイ島なので現地の人はこう呼びます)。旅行記というよりは、大好きな場所をハイライトで。 4000mを超え冷帯気候で冬季は雪に覆われる山が南北に2つ、いまだ溶岩を流し続ける活火山が一つ、高温多湿な熱帯気候の東海岸、乾燥気候でリゾート地が発展する西海岸、そしてハワイ王朝を統一したカメハメハ大王の出身地であり、西欧諸国で一番にハワイ島を発見したキャプテンクックが永眠した土地。ハワイの気まぐれな火山の女神ペレの棲家であり、オヒアレファが咲き乱れ、多くの日系移民が活躍する気候も自然も多様性に富んだ島、そんなハワイ島をご紹介。 Hilo ヒロ ビッグアイランドの古い町並み。日系人移民も多い街で戦前は「比呂」とも呼ばれていた。周辺のサトウキビ畑の労働力としてハワイに移民した日系人が、街に移住して集まった新町と椰子島が近くにありましたが、1960年のチリ大津波で壊滅したという悲しい歴史もあります。 この地に何千人というピクチャーブライドが日本から海を渡り日系人の元に嫁いだそうです。複

Toshi
2017年9月1日


2006 Ecuador & Peru マチュピチュ2
マチュピチュ二日目は、背後の山ワイナピチュを登る。 前情報なしなので、入口からどのぐらいの山登りなのか想像はついてなかったけど、大した高さではないだろうと思い登り始める。 30~40分ぐらいで登れる丘程度だけど、基本は岩場と階段で、足元は悪い。しかも急斜面なのと、後ろを振り返ると登って来た山道だけでなく、その下の谷底の川まで遮るもの無く見えるので、凄く高さを感じ結構なスリル。というか、たぶん高所恐怖症だときついんじゃないかな? 頂上からはマチュピチュの遺跡と、そこまでバスで通って来たつづら折りの道が眼下に広がる。 マチュピチュを見下ろす景色って、今まで画像や映像で見たことなかったのでスゴク新鮮。しかも遺跡巡りというより、アンデス山脈の自然の山並みを堪能できて、エネルギーをもらった感じ。 一泊二日、マチュピチュを堪能し帰りのバスから直接インカレールに乗りクスコへ帰還。 クスコの中心、アルマス広場の一画にある、有名な日本人オーナーシェフ鈴木さんのお店「PUCARA(プラカ)」で晩餐。10年近いペルー料理の修行を経て20年近くここでペルーの伝統料

Toshi
2006年11月28日


2006 Ecuador & Peru マチュピチュ
ガラパゴスに次ぐ、この旅のハイライト。旅人なら一度は訪れたい場所「マチュピチュ」 クスコからペルーレイルを使って、マチュピチュの入口の街、アグアスカリエンテスへ。 マチュピチュへの入口の村、アグアスカリエンテスに行く列車には幾つかの種類とグレードがあるけど、最も高級な列車が「ハイラム・ビンガム号」。高級レストランなみの食堂車がついていて、音楽演奏などを聞きながら渓谷を走り、そして多くはアグアスカリエンテスからバスでマチュピチュの遺跡の横にある高級ホテルへの滞在というコース。たしか、$8000ぐらいだったか。 まぁ社会人だし金がないわけではないが(ほんとか!?)、そんな高級な旅はバックパッカーには似合わないので、ビスタドームと呼ばれる次のグレードの列車を利用。これも軽食や飲み物がついていて、十分すぎる鉄道の旅。 11/27 6:00 Cusco -- Vistadome $105 11/27 9:45 Machpicchu クスコから出発して途中何度もスイッチバックを繰り返して谷を上り下り。 途中の渓谷で少し休憩と降車時間があって、アグアスカ

Toshi
2006年11月27日


2006 Ecuador & Peru クスコ
ペルーから南東に数時間、巨大なアンデス山脈の中腹にインカ帝国の首都クスコがある。 アンデスの中腹といってもクスコの平均標高は約3400m。 高山病を覚悟する必要のある高さなので、本来はバスや鉄道でゆっくりと登るのが良いが、日程的に詰め込みまくっているので、リマからクスコまで空路で移動。 到着して空気が薄い実感はなかったが、少し階段を上って・・・・「あっ」これが空気が薄いってことかと感じた。その後は高山病にならないように慎重にゆっくり行動することを意識。バックパックを担いだまま空気の薄さを実感しつつ、宿探し・・・。こんな時に限って宿がすぐに見つからず、途中でタクシー移動も利用。 宿にチェックインしてやっと一息。宿のオーナーが高山病に聞くというコカ茶(mate de coca)を出してくれる。初めて飲んだけど、なんか高山病に聴くような錯覚なのか、プラシーボなのか、でも心温まる。 コカノキは麻薬のコカインの元にになるけど、葉っぱには麻薬成分は入ってないのかなぁ?と疑問を感じつつも、宿のオーナーが「高山病予防に歩いている時も葉っぱを噛んでるといいよ」と

Toshi
2006年11月26日


2006 Ecuador & Peru ガラパゴス
せっかくの素晴らしい町キトですが、単にガラパゴス行くための乗り換えに寄っただけなので、翌日はすぐにガラパゴスに向けて出発。 ガラパゴスまではキトからグワヤキル経由そこから飛行機で2時間弱、空港では動植物および種子類などの持ち込みが厳しくチェックされる。これはガラパゴスの生態系を守るために外部からの種を遮断するため。 ちなみに入島料金は$100、頼めばパスポートにスタンプを押してくれます。 世界遺産 ~ガラパゴス諸島~ いわずと知れた自然の宝庫。大陸から近い割に太古の昔から島だったのか、固有種が非常に多い。同じゾウガメや鳥などが各島毎に進化していて微妙に形や特徴がちがい、 それを見たダーウィンが種の起源元となる発想を思いついたとか。赤道直下でありながら寒流に乗ってやってきたペンギンや、海に潜るウミイグアナなど独特な種が生存する。 空港からバスに揺られて町へ行く途中でもペリカンやグンカンドリがお出迎え。 ほんと自然の宝庫なんですね。ちなみにガラパゴス諸島のうち街がある島は限られていて、普通は空港から直接クルーズ船に乗って船で過ごしながら観

Toshi
2006年11月23日


2006 Ecuador & Peru キト
NY引っ越して初の長期休暇。せっかくなので普段は日本から行きにくい南米をチョイス。 ところが、JFK空港でで今回乗るCopaAirのカウンターに行ってチェックインしようとすると、チケットがAuthorizeされてないから無効だとか。 「は?なんのこっちゃ??」 オンラインの格安AirTicketショップで買ったE-Ticketが手元にあるんですが・・・。そういわれてもちゃんとお金も払ったぞって必死に抵抗。 でも相手も譲らず、これは航空会社の責任ではなく旅行会社の問題。だから旅行会社に問い合わせろって・・・・オンラインのショップなんで連絡先なんて知らんとさらに抵抗すると、 ご丁寧にわざわざ俺が買ったCheapticket.comの連絡先電話番号を教えてくれた。逆にそこまでされると、本当に乗れないのか?って不安に・・・。でとりあえず旅行会社に電話してみるも 当然オンラインのショップなので、電話先もかなりコスト削減の臭いタップリの自動音声。色々試すがなかなか担当者までつながらない。すでに出発45分前。 ところが諦めたのか、席が余ってるのか、カウンタ

Toshi
2006年11月22日


2006 Spain&Morocco (11) メクネス
フェズから鉄道でメクネスへ移動。 日が暮れる前に車で世界遺産 ヴォルビリス遺跡へ。 ここは紀元前3世紀ごろのフェニキア人国家カルタゴの都市の上に、古代ローマ帝国が築いた街。ローマ帝国の勢力圏では最西端に近く、北アフリカでは主要な都市だったらしい。 ここまで見てきたスペインとも、モロッコのイスラムの雰囲気とも全く違う、古代ローマの遺跡。これが2000年も前の物というのはビックリするぐらい、モザイクの石畳などは綺麗に残っている。 アントニウスの勅令を発し、北アフリカのローマ領の住民にもすべてローマ市民権を付与したカラカラ王。彼の功績を称えたカラカラ王の凱旋門。 ローマ帝国の遺跡はヨーロッパ各地にあるとはいえ、実はローマ市内でしか見たことが無かった。ヨーロッパと地中海沿岸を支配して、芸術や文化も広めたローマ帝国。異文化、異教徒、異言語の国々とどう渡り合ったのか、タイムスリップできるなら行ってみたい。 そこからメクネスに戻る途中で見た、モロッコ・イスラム教の聖地「ムーレイ・イドレス」噂によると、ムスリム以外は入れない街らしい。 メクネスに戻り食事。いよい

Toshi
2006年3月8日


2006 Spain&Morocco (10) フェズ
今回の旅で一番の目的地であったはずのフェズ。でもそれまでの南スペインと、マラケシュやサハラのモロッコを旅して多くの美しい景色と街を見てきたので、やっと来たーという重い反面、やや疲れた感じで少し感動の薄いフェズ到着。 マラケシュのやや茶色がかったピンクのような街並みと違って、フェズは白い街並みと、同じく迷路のような街が綺麗。 そしてお決まりのタンネリ。今回はガイドなしで自分の足で到着、そのぶんガスマスクが無く匂いにやられる・・笑) フェズはマラケシュと違って背後に丘があり、そこから迷宮のような街並みが見下ろせた。ここでゆっくり夕陽を見て休むうちに、少し疲れた体を迷宮の喧騒から離れて泊まろうと決意。迷宮の中の安宿(しかも比べて選ぶ時間なかったから、けっこうはずれ)から、少しお高いホテルに移動。 やっぱり、ちゃんとしたベッドと温かい暖房は体を休めるには最高。 食事も少しゆっくりしたレストランで。といっても、やっぱりチョイスはタジン。今回はビーフとアーモンドのタジンで高級感はあったが、大ヒットではなかった。

Toshi
2006年3月7日


2006 Spain&Morocco (8) サハラ砂漠
マラケシュの次はフェズと思っていたが、周囲の旅人からサハラ砂漠ツアーが良いとか、ワルザザードが良いという情報を多く聞いたので、近くのツアー会社のサハラ砂漠ツアーを見に。車で山を越えて砂漠で一泊して、そのあとワルザザードの街から飛行機でフェズに飛ぶ行程でも行けそうなので、予定変更していざ砂漠へ。砂漠に惹かれたというより、ラクダに乗ってパオに泊まるっていう点に惹かれた。 ツアー参加者は6名ぐらい、運転手やガイドと2台のジープに乗り、山を越えていく。思っていた以上に標高も高く、つづら折りの険しい山をこえ、これから砂漠に向かうのに雪が見れるとは思っていなかった。(この高い山脈があるから砂漠になるんだっていう、地理の教科書では文字でしか知らない世界) アトラス山脈を越え、オアシスと渓谷のおりなす「カスバ(城塞都市)街道」これを進むと、映画「ハムナプトラ」「グラデュエーター」「インディ・ジョーンズ」などのロケ地として有名な世界遺産「 アイトベンハドゥ 」が視界に! いや、これは言葉はいらないね。マラケシュとはまた全然違う、山を越えて荒涼とした大地に突如とし

Toshi
2006年3月5日


2006 Spain&Morocco (7) マラケシュII
マラケシュの迷路のような街は飽きない。さながらロールプレイングゲームのキャラになったように迷宮をさまよいながらお宝を見るけるような感じ。 少し歩き慣れると、スーク(市場)もああ、この辺は香辛料街か、このへんは金物屋さん街か、みたいな特徴や、住宅地だったり宗教的な建物が多い区画だったりという特徴が見えてくる。 迷路を進んでいると、とつぜん迷宮というか城や王宮を発見!みたいな感じでモスク(イスラム寺院)や、マドラサ(イスラム神学校)が現れる。 少し離れたところには、城?王宮?かなと思う エル バディ宮殿 は、17世紀の遺構。 建物に飽きると、今度は待ちの人や子供達、野良猫を見てると、これまた飽きない。 そして夕方になれば、ジャマエルフナ広場に戻れば美味しそうな匂いと溢れる人だかり。 体力が持てば何日でも居れそうな街だけど、疲れもあるので、今日は少し屋台をやめてレストランで温かい夕食。やっぱりモロッコと言えばタジン。種類もいっぱいあるのですが、レモンタジンが結構好み。店によって違いはあるけど、レモンとジャガイモと鶏肉が定番。

Toshi
2006年3月4日


2006 Spain&Morocco (6) マラケシュ
カサブランカで一泊して、鉄道で世界遺産の街マラケシュへ。 なんとなく旅前から、モロッコといえば迷宮のような旧市街地があるフェズを思い描いていたが、マラケシュも同じくメディナと呼ばれる旧市街で有名。 大きな町なので新市街もかなり大きいんだけど、やっぱりここは旧市街地(メディナ)に宿泊。メインとなるジャマエルフナ広場から1分のところにある「Hotel ALI」という名のゲストハウス(けっしてホテルではありません)。 ジャマエルフナ広場には食べ物やジュースの屋台が所狭しと並び、その中には蛇使いや聖水売り、射的や、写真やなど、色々な商売を営む地元の人でいっぱい。 マラケシュといえば、タンネリと呼ばれる有名な革製品を作るための革なめし工場と、大きな染料のプール。地球の歩き方の表紙にもなっている、タンネリ。 マラケシュのメディナ(旧市街)の中にあるスーク(市場街)を歩いていると、おっちゃんが「皮染め場(タンネリ)を見たいんだろ、連れて行ってやる!!」と声をかけてきた。 どうせチップをねだられるのだろうと思ったけど、素直に利用してみた。近くに着くとおっち

Toshi
2006年3月3日


2006 Spain&Morocco (3) セビリア
セビリア観光にはオープンルーフの市内観光バスを利用してみました。バスの中でヘッドホンで周囲の建物などを解説してくれるのですが、昔(1900年ぐらい?)のセビリア万博に使われた建物が観光地として綺麗に残っているのと、最近(2002年ぐらい?)のセビリア万博の跡地が全く利用されずに残骸となって残っているのが対照的で興味深かった。 ~世界遺産 セビーリャ大聖堂とアルカサル~ この大聖堂には結局は入れなかったんだけど、夜のライトアップが最高!!こういうのを見ると写真撮るの上手くなりたいなぁとしみじみ思う。あ、あとカメラもほしいなぁと。欲だらけ。 スペインはちょっと小腹が減ったり歩き疲れたりすると、どこでも気軽にカフェとタパスバー(バル)に入って、一息つけるのは魅力。旅の途中はあまり昼からお酒は飲まないタイプなので(観光できなくなって沈没するのを恐れている・・・)、どちらかというとカフェを利用したほうが多いかも。もっとタパスは堪能したかったんだけど、なんとなく酔っ払いが多かったり、注文の仕方が難しかったりと、小心者(ほんとか?)の自分は意外と街中の人

Toshi
2006年2月27日


2006 Spain&Morocco (2) コルドバ
のんびりと出発し、アトーチャ駅へ。前日にチケットを取っている余裕。 ホットドッグとカーニャ(生ビール)を飲みながら電車へ。 2/26 13:00 Madrid 2/26 14:50 Cordoba AVE9629(46.0EUR) さすがヨーロッパの新幹線、快適さが違う。バーや食堂車も素敵だし人が少なく、電車は猛スピードなのに社内はゆっくりした時間が流れている。ビール(じゃないよね?)飲みながらカウンターに腰掛ける幼い子とバーテンダーがのんびりと話している雰囲気は何とも癒される。 到着したコルドバは少し雨模様。お目当てのユースに行くも満室で、宿探し・・。結局5軒目でやっと宿をGET.週末だから混んでるのかな? 街路樹はすべてオレンジ。そこらじゅうにオレンジが転がってるんだけど、見た感じでは食べれるような代物ではないが、雰囲気がいい ~世界遺産 コルドバ歴史地区~ メスキータを中心としたユダヤ人街を含む世界遺産メスキータは元々はイスラムの寺院だったのが、後々にはカトリックの教会になったスペイン南部ならではの歴史を持っている。イスラムとローマ

Toshi
2006年2月26日


2005 Thai&Lao (10)チェンマイ
ラオスの旅を終え、帰りはさすがに山道をバスで何十時間も戻ることはせずに、ルアンパバーン発の飛行機で戻ることに。今回の旅は時間があるので、バンコクに直接戻らず行きたいと思っていたが機会がなかったタイの北西部、チェンマイへ。 なかなか分かりやす時刻表(笑)バス停より少ない・・・ チェンマイでは宿泊せずに、半日だけ観光。

Toshi
2005年2月10日


2005 Thai&Lao (9) ルアンパバーン
街全体が世界遺産ルアンパバーン。 1995年に街全体が世界文化遺産に登録された、ラオスを代表する観光地。メコン川とナムカーン川の合流点に位置し、伝統的なラオス建築と19〜20世紀のフランス植民地時代の建物が融合した、美しく調和のとれた町並みが特徴で世界遺産登録時にもそれがひとつの評価だったそう。 街をオレンジの袈裟を着た少年僧が多く歩いている。思わずカメラを向けてよいのか躊躇してしまうが、旅の恥はかき捨て・・で、いいのか一応仏教徒としては迷いつつシャッターを押す。 ルアンパバーンはお寺や僧侶も印象的だけど、遊んでいる子供達の無邪気な姿や周囲の人の優しい笑顔も印象的。 短い滞在ではあったが、最後はお決まりの夕日を眺めながらの食事 夕日を眺めていると、どこからともなく漁師が。今日の晩御飯だろうか? 川から上がった所にレンズを向けてみると、獲れたよ!って感じで魚を見せてくれた。

Toshi
2005年2月9日


2005 Thai&Lao (3) バンチェン遺跡
ピマーイ遺跡から駅に戻り、夜行でさらに北上。朝方にウドンターニ(UDORNTHANI)の駅に到着。 ここから、世界遺産バンチェン遺跡まで、バスと思っていたが、教えてもらった所にやって来たのは乗り合いトラックのようなバス。地元のおばちゃんにまじって遺跡を目指す。 やって来たバンチェン遺跡はというと・・・・発掘現場のようなものはあまり見られず、一部の発掘時の模型が少しと、出発前にイメージしていた発掘当時の様子が写真で掲載。その他、発掘物の展示はいま博物館を準備中なのだということで、もともとイメージしていた様なものはほとんど見られず・・・・まぁ世界遺産巡りとしては来たことに意味がある。と、勝手に自分を納得させつつ、周りの土産物を見ながら町の少年たちと戯れてみる(笑 いちおう紹介。「バンチェン遺跡(Ban Chiang)」 タイ東北部ウドンターニの近くにある世界遺産。紀元前3~4000年前(日本では縄文時代)の遺跡として発掘され、メソポタミア文明や黄河文明と同じ時期に東南アジアに発達した文明があった証拠として注目される。 https://www.thai

Toshi
2005年2月4日


2005 Thai&Lao (2) ピマーイ遺跡
ナコンラチャーシーマーで一泊して、バスでピマーイ遺跡に ナコンラチャーシーマーから、バスで世界遺産ピマーイ遺跡はタイに残るアンコールワット様式のクメール遺跡。カンボジアのアンコールワットまでは、ちょっと・・・・という人にはタイでこの遺跡を訪れるのもおススメ。 私はアンコールを訪れたあとなので、感動は薄かったが、クメールの彫像のナーガやアプサラなども綺麗に残っており一見の価値あり。 ピマーイ遺跡 は、 アンコール へとつながるクメール古道の重要な終着点の一つ。アンコール遺跡北西260kmに位置し、同じく ナコーンラーチャシーマー 郊外にある パノ・ムルン遺跡 と、タイ - カンボジア国境にある プラウィハーン遺跡 (プレアヴィヒア遺跡)と並び、タイ国内では屈指のクメール遺跡である [1] 。 アンコール王朝 の主都 アンコール・ワット の副都的な役割を担っていたと考えられている。ピマーイ遺跡本堂南側回廊扉枠の石碑文によるとこの地域はもともとヴィマヤプラ(ヴィマヤの町)と呼ばれていたが、現在はピマーイと呼ばれている [2] [3] 。 Wikiped

Toshi
2005年2月3日


2003 Cambodia (5) アンコールワット
朝5時45分にバイクタクシーの運ちゃんと待ち合わせて、アンコールワットの日の出を見に行くことに。でも起きたのは6時すぎ、慌ててバイクに乗ったら普段は50Km/hぐらいの安全走行なのに、俺のためにガンガン飛ばしてくれた。もう日が昇ろうとしている。 カンボジアとはいえ、さすがに12月なので朝はかなり寒い。バイクでとばすとTシャツでは鳥肌が止まらない。空は白み始めていたけどなんとか日の出前のアンコールワットに到着。(結構人がいて驚いた) アンコールワットはアンコール遺跡群の中で唯一、東を背にしているので夕日より、朝日のほうが綺麗とは聞いていたが、 「 感動 」表現力の無い私にはこの一言しか言えない感じ。この風景を自分の物にしたくてシャッターを切りまくる自分と、ふと我に返ってタバコを吸いながらこんな景色を前に「そんな行為をあさましく思う」自分がいたりする。 900年前のアンコール王朝の栄華、クメールの夜明け。ここが決して遺跡や廃墟なんかではなく、ましてや観光地だけではない、今でも十分信仰を集める尊い場所なんだと・・。 朝日を見た後はゲストハウスに行

Toshi
2003年12月5日


2003 Vietnam(5) フエ
チャンパ王国の中心として栄えたフエ、ベトナム最後の王国阮(グエン)朝世界遺産の王宮・廟を中心に訪れたいと以前から思っていた。 ベトナム戦争系の映画、「フルメタルジャケット」や「輝ける瞬間」でも王宮を舞台にした戦闘シーンもあり、ベトナム戦争のターニングポイントとなったテト攻勢の舞台ということで、複雑な気持ちで少しドキドキしながら訪れた。 残念ながら雨が降ってどんよりした肌寒い日。なんとなく本来なら華やかであろう王宮と、その暗い歴史を暗示したかのようか雰囲気で、気持ち的には負の遺産を見に来たようだった。 壮大な豪華な王宮と城郭、修復したらもっと立派で観光客も増えるんだろうなぁと思いながら、でもこのままの雰囲気や、壁や通路にのこる銃弾や爆弾の痕が物語る大切な遺産の一つ。 ベトナムの旅は色々と考えることが多かったし、これを機に改めてアジアの歴史や、ベトナム戦争の歴史を学ぶ機会になった。そして、歴史がどうであれ、そこを訪れる旅人たちとの交流、そして地元の人たちとの交流、そこには人と人の出会いとふれあいの時間があった。改めて旅って良いなぁと実感した時間であっ

Toshi
2003年1月10日
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