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旅の記録以外の戯言を・・・
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2006 Spain&Morocco (1) スペインへ
もうなぜスペインとモロッコを選んだのか思い出せないのだが・・・たしか、メキシコに行こうと思っていたらら、ニューヨークへの赴任が決まったので、中南米よりヨーロッパにしようと思い立ち目的地を変えた・・・だったような。いずれにせよ、最近はアジアだったので、久しぶりのヨーロッパ。 もともと、南スペインと、モロッコのフェズには憧れのようなものがあったので、今回はジブラルタル海峡を渡ってヨーロッパとアフリカを股にかける旅をしてみよう、という感じで計画。 1週間ぐらい旅行代理店に電話しまくってやっと取れた、ヨーロッパ行きのチケット。オーストリア航空でチケット代は約7万円。 2006/2/24 成田発 11:40 オーストリア航空 OS52 A340 2006/2/24 ウィーン着 16:05 2006/2/24 ウィーン発 19:55 オーストリア航空OS8893 A319 2006/2/24 マドリッド着 22:45 マドリッド夜中到着なので予めネットで予約しておいたMADホステルへ。私設のユースだけあって小奇麗な宿。部屋やロッカーの鍵がストラップ付

Toshi
2006年2月24日


2005 Thai&Lao (3) バンチェン遺跡
ピマーイ遺跡から駅に戻り、夜行でさらに北上。朝方にウドンターニ(UDORNTHANI)の駅に到着。 ここから、世界遺産バンチェン遺跡まで、バスと思っていたが、教えてもらった所にやって来たのは乗り合いトラックのようなバス。地元のおばちゃんにまじって遺跡を目指す。 やって来たバンチェン遺跡はというと・・・・発掘現場のようなものはあまり見られず、一部の発掘時の模型が少しと、出発前にイメージしていた発掘当時の様子が写真で掲載。その他、発掘物の展示はいま博物館を準備中なのだということで、もともとイメージしていた様なものはほとんど見られず・・・・まぁ世界遺産巡りとしては来たことに意味がある。と、勝手に自分を納得させつつ、周りの土産物を見ながら町の少年たちと戯れてみる(笑 いちおう紹介。「バンチェン遺跡(Ban Chiang)」 タイ東北部ウドンターニの近くにある世界遺産。紀元前3~4000年前(日本では縄文時代)の遺跡として発掘され、メソポタミア文明や黄河文明と同じ時期に東南アジアに発達した文明があった証拠として注目される。 https://www.thai

Toshi
2005年2月4日


2005 Thai&Lao (2) ピマーイ遺跡
ナコンラチャーシーマーで一泊して、バスでピマーイ遺跡に ナコンラチャーシーマーから、バスで世界遺産ピマーイ遺跡はタイに残るアンコールワット様式のクメール遺跡。カンボジアのアンコールワットまでは、ちょっと・・・・という人にはタイでこの遺跡を訪れるのもおススメ。 私はアンコールを訪れたあとなので、感動は薄かったが、クメールの彫像のナーガやアプサラなども綺麗に残っており一見の価値あり。 ピマーイ遺跡 は、 アンコール へとつながるクメール古道の重要な終着点の一つ。アンコール遺跡北西260kmに位置し、同じく ナコーンラーチャシーマー 郊外にある パノ・ムルン遺跡 と、タイ - カンボジア国境にある プラウィハーン遺跡 (プレアヴィヒア遺跡)と並び、タイ国内では屈指のクメール遺跡である [1] 。 アンコール王朝 の主都 アンコール・ワット の副都的な役割を担っていたと考えられている。ピマーイ遺跡本堂南側回廊扉枠の石碑文によるとこの地域はもともとヴィマヤプラ(ヴィマヤの町)と呼ばれていたが、現在はピマーイと呼ばれている [2] [3] 。 Wikiped

Toshi
2005年2月3日


2003 Cambodia (6) アンコール遺跡群
朝日だけ見て、一旦ゲストハウスに戻りシャワー&朝食を済ませて10時ぐらいから改めて観光に出かける。アンコールワットの中の見学は午後にして、遠い遺跡から周るのベターとナリス君の勧めに従う。 アンコールトム一帯から離れバイクで30分ほど悪路を走ったところに、他とは違った色の石で作られた小さな遺跡「 バンテアイ・スレイ 」がある。数年前に観光客が殺害される事件があったらしく2000年ぐらいまで近づくことが禁止されていたらしい。 ~Banteay Srei バンテアイ・スレイ~ 「東洋のモナリザ」と呼ばれるデヴァター(天女)の浮き彫り。なんでもあまりの美しさに丸ごと盗難されたが後に返却されたとか。そんな事もあってか残念ながら肉眼でしっかり見える距離まで近づけないようになっていた。 バンテアイスレイから未舗装の道をバイクで約40分、クバルスピアンのある山の麓に到着する。さすがにココまでの道のりはすごい、驚くほどの観光地化されているアンコール周辺とは違い、ひたすら田舎道を進む。その間の道の凸凹さや砂埃と言ったら相当なもの・・・(アンコール自体、そういう未開

Toshi
2003年12月6日


2003 Cambodia (4) アンコールワット
昨日到着した後にプノンバケンに行く途中で、少しだけ見えてしまったアンコールワット。まだその美しい姿は翌日に取っておこうと、バイクの後ろに乗りながらあえて見ないようにしていた。 そして、今日は朝からアンコール遺跡巡り。バイクのドライバーがどういうコースで回るか聞いてくるが、どれがどこにあるのか分からず、まずはビッグサークルと呼ばれるコースで今日は回ることに。 ~アンコール・トム/南大門/バイヨン寺院~ ~プリアカン、タ・ソム、スラ・スラン~

Toshi
2003年12月4日


2003 Cambodia (2) プノンペン
前日にゲストハウスまで送ってもらったバイクタクシーを一日チャータして、プノンペンの市内を観光する。 王宮とシルバーパコダは午後からしか入れないというので、少し早めに昼食を取って「キリングフィールド」へ向かうことにする。 出発前に映画を見ておいてよかったと思った。何も知らずにガイドブック片手に着ただけだと、「ああ~ここが」てな感じで一観光地になっていたかもしれない。正直いって全てを直視する勇気が無かった。かがみこんでみると足元に転がる白い物が目に入る「石だよ・・」と言い聞かせつつ拾い上げるが、自分の中でこみ上げてくる感情は忘れられない。 ~キリング・フィールド~ 1970年台、カンボジア内戦を終わらせたクメールルージュがポルポト政権下に行った非情な残虐行為。都市の住民を農村へ強制移住させ集団農園などで働かせながら一方で知識人や外国人といったあらゆる人たちを反逆罪で殺戮していった。当時のカンボジア国民の4分の1にあたる170万人もの人々を殺戮したとされている。ここプノンペン市内のキリングフィールド(カンボジア国内に他にも同様の場所が存在する)だけで

Toshi
2003年12月2日


2003 Cambodia (1) カンボジア
友達の「アンコールワットは早く行っておいた方が良い。たぶん観光地化されると雰囲気が失われる」というアドバイスを元にアンコールワットへの旅の計画を立て始めた。 念願のアンコールワット行きの航空券を買ったはいいが全くカンボジアの知識が無いので、映画をあさってカンボジア学習。「 キリングフィールド 」と「 地雷を踏んだらサヨウナラ 」どちらもアンコールワットと言うよりカンボジア内戦物だけど予習は完璧。 相変わらず無計画にアンコールワットに行くにもかかわらず、バンコク往復のチケットとバンコクでの初日の宿だけ予約して出発。珍しく2時間前にちゃんと成田に到着したと思いきやNorthWestは3時間遅れ・・・。おいおい!10$の食事券じゃなぁ・・・夜中到着がさらに遅くなるのが心配。結局バンコクに着いたのは夜中の2:00。 しかもカオサンについたのは3:00で、日本から電話で予約したゲストハウスはなぜか満室・・・・。夜の店番には予約したって言うても通じひんし、仕方なくカオサンをぶらついて空き部屋のあったゲストハウスに宿泊。 2003.Nov.30 SAWASD

Toshi
2003年11月30日


2003 Vietnam(3) Hoi An ホイアン
朝からサイゴンを出発する準備をして、12時に宿をチェックアウト。サイゴンから飛行機で約1時間、 ベトナム中部の都市ダナン に到着した頃はもう日が沈見かけていた。しかもサイゴンと違って かなり寒い! 。 空港で出会った日本人とアメリカ人の夫婦と一緒にワンボックスタクシーでダナンから一路ホイアンまで。しかし良くこんな真っ暗な道でバイクも人もいるなかを猛スピードで走る。ちょっとビビリながら約1時間で ホイアン の街に到着。 サイゴン → ダナン(VietnamAIR) VDN 950,000 ダナン → ホイアン(タクシー) VDN 200.000/5人 古都ホイアンは 美しい町並みが「世界遺産」に指定されている。 残念ながら、ぜんぜん良い写真が撮れていなかったので、ちょっとネットから借り物の写真で雰囲気をどうぞ。京都出身の俺としてはかなり親しみを感じる街。うるさいシクロや物売りも少ないし皆やさしそう。 朱印船貿易が盛んだった17世紀頃には長さ300mほどの日本人町があり、300人以上(1,000人以上とも)の日本人が住んでいたと言われている

Toshi
2003年1月7日


2003 Vietnam(2) Saigon
ベトナム滞在2日目は、前日の夜会った友達達が ヤギ焼肉 を食べさせてくれるというので早速チャレンジ。原チャ(もちろんホンダ)でヤギ肉屋さんへ。タレについた肉を炭火で焼くんだけどこれがなかなか美味い!日本の数倍あるオクラも一緒に昼からサイゴンビールがすすむ。 ヤギ肉を食った後は、その現地の人たちの英語の先生と一緒にお茶。俺は食べた後だったんでコーヒーばっかり飲んでたけど、その店の バインセオ がスゲ-美味い!!はやくも ベトナム最高 と一人でにんまりしてしまった。どうやら現地の人も認める美味い店らしく、日本のガイドブックにも載っているとか。 ・ BANH XEO 46A (あとで気づいたんだけど、映画 「輝ける瞬間」 で大沢タカオが西田敏行に最初に会った場所が撮影されたのもココだと思う)この写真のピンクの教会の近くなので結構分かり易い場所かも。 ヤギにバインセオと、腹いっぱいになった後は食後の運動 サイゴンの中央にある大きな公園に行き初めて ペタンク- なる遊び(スポーツ?)を体験!ぱっと見た感じ横浜外人クラブで見た ローンボール...

Toshi
2003年1月6日


2003 Vietnam(1) Saigon
2003年正月早々、正月休みに連休をくっつけてベトナムへ。 今回は久しぶりにヨーロッパに行こうかと思ったが、あえて寒いところに行くのも悔しいのでやっぱりアジアへ。 テレビで見る限り活気と素朴さが入り混じった、日本人向けな国なのかな~と勝手な想像 出発前に何人かの知り合いが「ベトナムって大丈夫なのか?地雷だらけとかじゃないの?」と聞かれたりして、昔のベトナム戦争とかカンボジア内戦とかのイメージが強いのか、あんまり、「ベトナム行くの、うらやまし~」なんて声はなかった。 日本人って周りのアジアの国のこともあんまり分かってないんだよな~。とつくずく思った。(もちろん俺も何も知らないんだけどね。) 成田夕方発の、台北着が夜中。台北国際空港はかなり大きく、そこから街中台北駅周辺まで、バスで約40分。あまりにも夜中なのでテキトーに宿を探しチェックイン。 機内食だけだったのでお腹がへり、旅の初日の食事にはきわめて寂しいが、 「全家便利商店(ファミリーマート)」 で台湾のお弁当を買う。ラップと蓋を取ってレンジするとこが違うだけで、コンビニの中はまさに日本

Toshi
2003年1月4日






2000 Asia (5) Bangkok
夜中中全然寝れないバスでの苦痛を乗り越え、やっとタイの首都バンコクに到着。 まずは有名な安宿街「 カオサンストリート 」へ。かなりのバックパッカーがたむろしていて怪しさ満点!よく見るとやっぱり日本人が多いみたい。さすがに卒業旅行シーズンなんであいてる宿が少なく、「みんなの広場」っていう韓国人が経営する宿に決定。まぁよくこんな汚い宿選んだな~って思うけど、ここがなかなか良かった。 2000/3/4 ー 2000/3/7 「みんなの広場(Backpaker's Meeting Place)」エアコン付ドミトリー 80バーツ。結局ここに3泊もすることに・・。 この宿がまったりした宿で、みんな昼間からビールのみながら小説読んだり、だらだらしてた。おれも日本の漫画が一杯あったのでそれを読みながらのんびり一日をすごす。ここで偶然知り合った日本人大学生と話すと、実はランカウイ島でもおれを見かけたらしい。すごい偶然だよな。 夜はその大学生と、宿で知り合った韓国人の女の子、その子の友達でバンコクに住んでるって子と一緒に飲み会。もちろんビールは像さんビール。も

Toshi
2000年3月5日


2000 Asia(4) To Bangkok
KualaPerlisについてみるとその港にはタイ行きのフェリーなんて無いって言われて、何とか探そうと何人かに聞いてみると、ランカウイから到着した港ではなく、別のところからでてるという。 歩いて15分くらいのところに港らしきもの(漁港にしか見えないが、Imigrationの看板があった)を発見。

Toshi
2000年3月3日


1997 Europe (2) Italy イタリア
ニースからコートダジュールを一路イタリアへ。 途中、モナコの駅に停車するが、さすがに貧乏学生バックパッカーには泊まれる宿もなさそうなので、ホームで写真とって終わり。 美しいコートダジュールの海岸沿い(フィルム写真が懐かしい) ケツが痛くなりながらコンパートメントの座席に座ってウトウト。 旧式の客車は片方に通路があり、もう片方に3x3の座席がボックスで並んでいる。ある意味個室形式の簡易寝台。 前に座っていた子連れのおばちゃんにお菓子をもらいながら10時間後やっとローマに到着 。 寝ぼけながらY.Hを探してローマの街を歩く。やっぱイギリスとかフランスとは雰囲気が違うよな~。なんとなく胡散臭い雰囲気とかもあるよな。 8/11 20:35 NICE 発 8/11 07:00 ROME_Termini 着 コロッセオ、凱旋門、バチカンと見所を一気に駆け回り、ローマの休日で有名なスペイン広場周辺でお茶。 ↑この画像は当時のものではなく2009年の写真(すいません) さすが世界の観光地だけあって、ローマのY.Hは結構大きい。同じドミに泊まっていたのはトル

Toshi
1997年8月11日
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