top of page

My blogs
旅の記録以外の戯言を・・・
検索


2006 Spain&Morocco (4) カルモナ~タリファ
2/27 セビリア バス1時間半 カルモナ ちょっとセビリアを離れて、南スペインならではの「白い街」に。いくつか「白い街」で有名な場所はあるんだけど、有名な所は少し遠いので、比較的セビリアから近くて行き易い「カルモナ」の街。バスで1時間半。 観光客なんて誰もいない、すごーーくのんびりした街で白い壁と陽射しと、あそぶ子供たちが印象的でした。あと、タベルナで食べたタパスが最高に旨いかった!!思わずこの街に宿泊しようかと思うぐらい。 2/27 セビリア発 鉄道約x時間 カーディス着 カルモナからセビリアに戻り、列車でカーディスの街に。この街ではフェスティバルが開かれているので、ちょっとよってみました。まぁ泊る予定は無かったのですが、残念ながら先に進めるバスも無いので、仕方なく宿泊を・・・・。と思ったんだけど全然宿がない。結局2時間ぐらい歩いたり電話掛けたりして普通のホテルを確保。 宿が気になってフェスティバルを堪能できませんでしたが、雰囲気は味わえたかな。日本の祭りの屋台の風物詩だと思っていたリンゴ飴があったのがビックリ!...

Toshi
2006年2月28日


2006 Spain&Morocco (2) コルドバ
のんびりと出発し、アトーチャ駅へ。前日にチケットを取っている余裕。 ホットドッグとカーニャ(生ビール)を飲みながら電車へ。 2/26 13:00 Madrid 2/26 14:50 Cordoba AVE9629(46.0EUR) さすがヨーロッパの新幹線、快適さが違う。バーや食堂車も素敵だし人が少なく、電車は猛スピードなのに社内はゆっくりした時間が流れている。ビール(じゃないよね?)飲みながらカウンターに腰掛ける幼い子とバーテンダーがのんびりと話している雰囲気は何とも癒される。 到着したコルドバは少し雨模様。お目当てのユースに行くも満室で、宿探し・・。結局5軒目でやっと宿をGET.週末だから混んでるのかな? 街路樹はすべてオレンジ。そこらじゅうにオレンジが転がってるんだけど、見た感じでは食べれるような代物ではないが、雰囲気がいい ~世界遺産 コルドバ歴史地区~ メスキータを中心としたユダヤ人街を含む世界遺産メスキータは元々はイスラムの寺院だったのが、後々にはカトリックの教会になったスペイン南部ならではの歴史を持っている。イスラムとローマ

Toshi
2006年2月26日


2006 Spain&Morocco (1) スペインへ
もうなぜスペインとモロッコを選んだのか思い出せないのだが・・・たしか、メキシコに行こうと思っていたらら、ニューヨークへの赴任が決まったので、中南米よりヨーロッパにしようと思い立ち目的地を変えた・・・だったような。いずれにせよ、最近はアジアだったので、久しぶりのヨーロッパ。 もともと、南スペインと、モロッコのフェズには憧れのようなものがあったので、今回はジブラルタル海峡を渡ってヨーロッパとアフリカを股にかける旅をしてみよう、という感じで計画。 1週間ぐらい旅行代理店に電話しまくってやっと取れた、ヨーロッパ行きのチケット。オーストリア航空でチケット代は約7万円。 2006/2/24 成田発 11:40 オーストリア航空 OS52 A340 2006/2/24 ウィーン着 16:05 2006/2/24 ウィーン発 19:55 オーストリア航空OS8893 A319 2006/2/24 マドリッド着 22:45 マドリッド夜中到着なので予めネットで予約しておいたMADホステルへ。私設のユースだけあって小奇麗な宿。部屋やロッカーの鍵がストラップ付

Toshi
2006年2月24日


2005 Thai&Lao (4) ラオス国境
国境の街ノーンカイから、車でビエンチャンの国境を超える。 タクシーで国境まで向かうが、そのまま車のまま出国手続き。 タクシーでどこまで行けるのか良くわかってなかったというか、英語がどこまで通じてるのか分からなかった(ボーダーまでって言ってた気がするのだけど・・・)が、橋を渡ってくれるらしい。ちょっと歩いてメコン川にかかる国境を渡たることを期待していたんだけど、タクシーは猛スピードで国境の橋を渡っていく。 この辺が国境である川の真ん中だろうか? ラオス側のイミグレーションの前で、車はタイに戻る。入国審査をしてラオス側で別の車を拾えという事らしい。 無事にラオス入国を果たし、また車を拾って事前に調べておいた街中王宮の近くのゲストハ ウスに。着いた頃には夜なので、宿にレストランが着いていたのは非常に助かった。 2005/02/04 Khamkhoun Hotel (値段不明)

Toshi
2005年2月4日


2005 Thai&Lao (2) ピマーイ遺跡
ナコンラチャーシーマーで一泊して、バスでピマーイ遺跡に ナコンラチャーシーマーから、バスで世界遺産ピマーイ遺跡はタイに残るアンコールワット様式のクメール遺跡。カンボジアのアンコールワットまでは、ちょっと・・・・という人にはタイでこの遺跡を訪れるのもおススメ。 私はアンコールを訪れたあとなので、感動は薄かったが、クメールの彫像のナーガやアプサラなども綺麗に残っており一見の価値あり。 ピマーイ遺跡 は、 アンコール へとつながるクメール古道の重要な終着点の一つ。アンコール遺跡北西260kmに位置し、同じく ナコーンラーチャシーマー 郊外にある パノ・ムルン遺跡 と、タイ - カンボジア国境にある プラウィハーン遺跡 (プレアヴィヒア遺跡)と並び、タイ国内では屈指のクメール遺跡である [1] 。 アンコール王朝 の主都 アンコール・ワット の副都的な役割を担っていたと考えられている。ピマーイ遺跡本堂南側回廊扉枠の石碑文によるとこの地域はもともとヴィマヤプラ(ヴィマヤの町)と呼ばれていたが、現在はピマーイと呼ばれている [2] [3] 。 Wikiped

Toshi
2005年2月3日


2005 Thai&Lao (1) タイとラオスの旅
アジアをめぐっている途中で出会う旅仲間によく、「アジアで何処が一番良かった?」という質問をしているんだけど、けっこう聞くのが「ラオス良かった」という意見。それまで、ラオスって、どこだっけ?昔はビルマって呼んだ国だっけ?ぐらいラオスの事を知らなかったけれど、興味が湧いて来た。ラオスには昔のアジアの雰囲気が残っていて笑顔の絶えない温かい仏教国だという事を聞いて、そして世界遺産ルアン・プラバーンの街に惹かれて、ラオスに行くことにした。 と言っても、仕事が忙しい時期でとりあえずプロジェクトが終わりそうな時期に休暇の予定をいれ、バンコク行きのチケットを予約。いつもどおり、アジアの旅の中心地カオサンにいけば、ラオス行の情報も手に入るだろうという緩い計画。 計画通り(?)、とりあえずカオサンに到着して旅行代理店などから情報収集しつつ、翌日の出発に向けて、ぶらぶら。 カオサンには辛うじて混沌としたアジアの旅人の拠点感はあるが(だいぶ観光地っぽくなってきた)、バンコクの街はどんどん発展していて、高層ビル街や高架鉄道が増えてきている。汚い恰好のバックパッカーが歩ける

Toshi
2005年2月2日


2003 Cambodia (5) アンコールワット
朝5時45分にバイクタクシーの運ちゃんと待ち合わせて、アンコールワットの日の出を見に行くことに。でも起きたのは6時すぎ、慌ててバイクに乗ったら普段は50Km/hぐらいの安全走行なのに、俺のためにガンガン飛ばしてくれた。もう日が昇ろうとしている。 カンボジアとはいえ、さすがに12月なので朝はかなり寒い。バイクでとばすとTシャツでは鳥肌が止まらない。空は白み始めていたけどなんとか日の出前のアンコールワットに到着。(結構人がいて驚いた) アンコールワットはアンコール遺跡群の中で唯一、東を背にしているので夕日より、朝日のほうが綺麗とは聞いていたが、 「 感動 」表現力の無い私にはこの一言しか言えない感じ。この風景を自分の物にしたくてシャッターを切りまくる自分と、ふと我に返ってタバコを吸いながらこんな景色を前に「そんな行為をあさましく思う」自分がいたりする。 900年前のアンコール王朝の栄華、クメールの夜明け。ここが決して遺跡や廃墟なんかではなく、ましてや観光地だけではない、今でも十分信仰を集める尊い場所なんだと・・。 朝日を見た後はゲストハウスに行

Toshi
2003年12月5日


2003 Cambodia (3) シュムリアップ
ゲストハウスでチケットを取ってもらい、プノンペン=シュムリアプをスピードボードで行くことに。この船は絶対に屋根の上に載ってくつろぐのが一番とか何かに書いてあったのを思い出して屋根上に陣取る。多くの旅人がすでに屋根の上にウジャウジャと・・・。 プノンペン=シュムリアプ 25US$ 朝6時半発 所要約5時間半 この河をさかのぼるルートは超おすすめ 。風が最高に気持ちいいし、なんたって観光地とは違うカンボジアの農村地帯の景色や、川岸で漁をする人たちの生活が垣間見れてすごく印象深い。 トンレンサップ川をさかのぼって、トレンサップ湖を縦断してやっと日没前には、シュムリアプの近くの港(?)につく。 船がゆっくり進み始めると風を感じないため、陽射しがすごい強いのを感じる(というかそれまで気持ちいぃとしか感じてなかったんで)すでに腕や顔がヒリヒリ状態とは思わなかった。せめて日焼け止め塗ればよかったかも。 到着すると船着場にプノンペンのゲストハウスから連絡してもらったバイクタクシーの兄ちゃんが俺の名札を持ってお出迎え。さすがに雨季と乾季で湖の大きさが全然違うと

Toshi
2003年12月3日


2003 Cambodia (1) カンボジア
友達の「アンコールワットは早く行っておいた方が良い。たぶん観光地化されると雰囲気が失われる」というアドバイスを元にアンコールワットへの旅の計画を立て始めた。 念願のアンコールワット行きの航空券を買ったはいいが全くカンボジアの知識が無いので、映画をあさってカンボジア学習。「 キリングフィールド 」と「 地雷を踏んだらサヨウナラ 」どちらもアンコールワットと言うよりカンボジア内戦物だけど予習は完璧。 相変わらず無計画にアンコールワットに行くにもかかわらず、バンコク往復のチケットとバンコクでの初日の宿だけ予約して出発。珍しく2時間前にちゃんと成田に到着したと思いきやNorthWestは3時間遅れ・・・。おいおい!10$の食事券じゃなぁ・・・夜中到着がさらに遅くなるのが心配。結局バンコクに着いたのは夜中の2:00。 しかもカオサンについたのは3:00で、日本から電話で予約したゲストハウスはなぜか満室・・・・。夜の店番には予約したって言うても通じひんし、仕方なくカオサンをぶらついて空き部屋のあったゲストハウスに宿泊。 2003.Nov.30 SAWASD

Toshi
2003年11月30日


2003 Vietnam(1) Saigon
2003年正月早々、正月休みに連休をくっつけてベトナムへ。 今回は久しぶりにヨーロッパに行こうかと思ったが、あえて寒いところに行くのも悔しいのでやっぱりアジアへ。 テレビで見る限り活気と素朴さが入り混じった、日本人向けな国なのかな~と勝手な想像 出発前に何人かの知り合いが「ベトナムって大丈夫なのか?地雷だらけとかじゃないの?」と聞かれたりして、昔のベトナム戦争とかカンボジア内戦とかのイメージが強いのか、あんまり、「ベトナム行くの、うらやまし~」なんて声はなかった。 日本人って周りのアジアの国のこともあんまり分かってないんだよな~。とつくずく思った。(もちろん俺も何も知らないんだけどね。) 成田夕方発の、台北着が夜中。台北国際空港はかなり大きく、そこから街中台北駅周辺まで、バスで約40分。あまりにも夜中なのでテキトーに宿を探しチェックイン。 機内食だけだったのでお腹がへり、旅の初日の食事にはきわめて寂しいが、 「全家便利商店(ファミリーマート)」 で台湾のお弁当を買う。ラップと蓋を取ってレンジするとこが違うだけで、コンビニの中はまさに日本

Toshi
2003年1月4日


1997 Europe (5) ドイツ、デンマーク
オーストリアの首都ウィーンから、ドイツのフランクフルトへ夜行列車の旅。 乗ったのはヨーロッパの国際鉄道EuroCity、ハンガリーのデブレツェン(Decrecen)発のドイツ・フランクフルト(Frankfurt)行きの「EC 62 Bartok Bela 号」 8/18 15:05 Wien EC62 Bartok Bela 8/18 20:36 MÜNCHEN 8/18 23:12 MÜNCHEN ICN1500 8/19 7:26 BERLIN ミュンヘンの夜中、駅前に空いている店があったので、そこでソーセージとビールを飲み、さらに列車に乗り込み次はベルリンへ。 ベルリンに朝早く夜明け前に到着し、時間をつぶしつつ、ベルリンの壁へ。 この壁を群衆が壊し乗り越えたあの日のニュースは鮮明に覚えている。1989年だからまだ小学校6年生だったけど、歴史や政治も分かっていなかったけど世界が大きく動く瞬間なんだとと思ってTVを見ていた記憶。 有名な ブランデンブルク 門をくぐり、東ベルリン地域へ。すこし市内鉄道に乗って、東ベルリンをブラブラしてみ

Toshi
1997年8月18日


1997 Europe (4)オーストリア
セントガレンを後にし、夕方にZurich(チューリッヒ)でノボルと落ち合い、オーストリアのウィーン(Wien)行きの夜行までの間食事をとる。今度はスイスを抜けてオーストリアへ、なんとなくこの頃には東欧、ハンガリーとチェコに行ってドイツを通ってパリへ帰る予定が出来上がっていた。夜行列車は旧式のコンパートメントに2段ベッド形式。狭くはないので、疲れもあって十分寝れた。 8/16 22:33 Zurich EN467 (2等寝台) 8:05 Wien 8th Night@Train 朝からチェックイン可能な宿があったので荷物を置いてウィーンの街中を観光。観光地に着くまでの街の雰囲気はなんとなく薄暗い感じ。まずはSt.Stepansdom 音楽の都ウィーンなんだから、せっかくなので音楽は聴きたいなぁと。あと、やっぱりモーツァルトの家にも。 色々と行きたいところはあるのだが、大事なミッションとして、この後の旅のビザ取得。ここまではいわゆる西ヨーロッパだけど、ハンガリーやチェコは東ヨーロッパ。日本人であってもビザなしでは入国できないので、オース

Toshi
1997年8月16日


1997 Europe (3) スイス
ミラノからの鉄道は夜のうちにアルプスの麓からスイス国境を越え、ローザンヌ地方を走り首都のジュネーブ(Geneve)に到着。 8/13 15:58 VENEZIA st.Lucia 発 IC632 19:01 MILANO central 着 19:05 MILANO central 発 E328 00:20 GENEVE 着 5th Night :レマン湖の公園 料金:無料 ジュネーブに着いたのは0時過ぎ。意外と人通りも少なく静かで宿なんて探せなさそうな雰囲気。翌日は移動する予定だったので、 スイスって安全だろ~。って楽観的な考えでレマン湖のほとり「イングランドパーク」のベンチで夜明けまで野宿・・・。ちょっと寒い。 やっと寝付いた頃に、なにやら物音。 まさか!? と思って飛び起きたら、そこには パトカーと警官が2人 ・・。やばい?! でも警官は 、「おまえら旅行者か? 何日ここで寝るつもりだ?」 って。いやもちろん今晩だけです。 「じゃあ気を付けてね」と、警官。 ありがとう、そんな何日も野宿しないよ。 レマン湖のほとりから歩いて、

Toshi
1997年8月13日


1997 Europe (2) Italy イタリア
ニースからコートダジュールを一路イタリアへ。 途中、モナコの駅に停車するが、さすがに貧乏学生バックパッカーには泊まれる宿もなさそうなので、ホームで写真とって終わり。 美しいコートダジュールの海岸沿い(フィルム写真が懐かしい) ケツが痛くなりながらコンパートメントの座席に座ってウトウト。 旧式の客車は片方に通路があり、もう片方に3x3の座席がボックスで並んでいる。ある意味個室形式の簡易寝台。 前に座っていた子連れのおばちゃんにお菓子をもらいながら10時間後やっとローマに到着 。 寝ぼけながらY.Hを探してローマの街を歩く。やっぱイギリスとかフランスとは雰囲気が違うよな~。なんとなく胡散臭い雰囲気とかもあるよな。 8/11 20:35 NICE 発 8/11 07:00 ROME_Termini 着 コロッセオ、凱旋門、バチカンと見所を一気に駆け回り、ローマの休日で有名なスペイン広場周辺でお茶。 ↑この画像は当時のものではなく2009年の写真(すいません) さすが世界の観光地だけあって、ローマのY.Hは結構大きい。同じドミに泊まっていたのはトル

Toshi
1997年8月11日


1997 Europe (1) ヨーロッパの旅
1997年8月9日から「とりあえず行けるだけ行こう!」を目標に16日間のヨーロッパ旅行。頼りになるのは15日間有効なユーレイルパス&トーマスクックの時刻表と、つたない英語力。 特に不安は無かったけど、今から考えるとなかなかハードだったな~。 ☆ ユーレイルパス ・・・イギリスと北アイルランドを除く西ヨーロッパの国々にハンガリーを加えた計17カ国の国鉄で有効なパス。特急・急行料金も含まれており、ICやEC、TGVなどにも追加料金なしで利用できる乗り放題のチケット。追加の寝台料金だけで寝台列車もOK。(15日有効で約500US$) スタートはLONDON・waterloo駅10:23発唯一、予約をしておいたユーロスターで一路パリへ3時間の旅(入国審査を入れて4時間)。 イギリスでは電圧の関係上ゆっくりだが、フランスに入ってからはTGV走行(約300km/h)車内の快適さも新幹線以上。出国も入国も審査はほとんど?なかった。 2ndクラスのユーレイルパスじゃ乗れる席がなかったので、別料金数百円を払ってTGVファーストクラスへ。TGVにのってパリから南仏に

Toshi
1997年8月9日
bottom of page