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旅の記録以外の戯言を・・・
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2005 Thai&Lao (7) ヴァンビエンII
到着した日の夕方に眺めていた川と夕日だけでも満足していたけど、せっかくなので周辺を回るエクスカーションに参加。カヌーで川を下って鍾乳洞に行って、川で遊ぶプラン。 スウェーデン、オランダ、フランス、ポルトガル・・・だったかな?のメンバーと一緒に。 移動途中に少し見える地元民の暮らしにも興味津々ではあったが、のどかな田舎町にあまり観光客面でカメラを向けるのも憚られるような、ゆったりした風景。 アクティビティが終わって宿でひと休憩し、さっきのツアーのメンバーと飲みに行くことに。今回は超長時間の旅をしている人たちではなかったけど、数週間~数か月はアジアを回っているという人たちも居て、色々と旅の話を。私はとりあえずカンボジア、アンコールワットを進めつつ、日本にも遊びに来てねーという宣伝も(笑 で、ここで教えてもらったのがマジックマッシュルーム、いわゆる笑い茸。ここでは合法というか、普通に食材の一つ。マジックマッシュールームクレープに、マジックマッシュルームのスムージー、笑い茸ティー、なんでもある。 おかげ様で、皆で大笑いしながら、楽しい時間を過ごせました♪

Toshi
2005年2月8日


2005 Thai&Lao (6) ヴァンビエン
まったく事前には予定していなかった場所ですが、旅をしている途中でラオスに行くなら、ヴァンビエン(バンビエン)に行くべき、最高だから!みたいな情報を何度か聞いたので、ビエンチャンからルアンプラバーンに行く途中で、寄ることに。直接いくとバスの時間も長くなるので、途中で泊るのはちょうどよいなと。 バスターミナルで、この時刻表を読み解きながらチケットを買い、目的のバス停に。バスは期待を大きく上回る(?)、ローカルなミニバス。屋根上に落ちそうになるまで荷物が積まれている。当然、私のバックパックも屋根上に。上げてもらう前にバックレインカバー付ければよかった・・・と思ったが、雨が降らない事を祈るしかない。 前半の道路は舗装されているが、ビエンチャンから離れるにつれて、どんどん道は悪くなっていく。(どうやら、2020年に中国の支援で、ビエンチャン=ヴァンビエン間に高速道路ができたらしい) ヴァンビエンに夕方到着。 山に囲まれた綺麗な川、そこにある素朴な自然たっぷりのリゾート地という感じ。とりあえず日没までに宿を探し、カフェでのんびり。 バス疲れもあるので、早

Toshi
2005年2月7日


2005 Thai&Lao (5) ビエンチャン
ラオスの首都ビエンチャン。 首都といっても、タイの地方都市ぐらいの感じ。前年2004年にビエンチャンでASEAN首脳会議が開かれるに合わせて、上の写真の公園や主要道路の舗装もされたらしいが、それまでは、かなり田舎な素朴な街だったらしい。 仏教国なので、お寺やパゴダが街のシンボル。いたるところに袈裟を着た、とくに少年僧が歩いていたのが非常に印象的。 セントラルマーケットは未舗装の屋台街という雰囲気で、まさしく思い描くアジアの雰囲気。しかも人が良いというか、観光客目当ての商売人とかが全然いないので、すごく気持ちよく過ごすことができた。 ここでゆっくりしたいところではあるが、先は長いので翌日にはヴァンビエンに向けて出発しなければいけないので、夕日と共にメコン川の土手にいっぱい集まる屋台で食事をして次の日にそなえる。

Toshi
2005年2月6日


2005 Thai&Lao (4) ラオス国境
国境の街ノーンカイから、車でビエンチャンの国境を超える。 タクシーで国境まで向かうが、そのまま車のまま出国手続き。 タクシーでどこまで行けるのか良くわかってなかったというか、英語がどこまで通じてるのか分からなかった(ボーダーまでって言ってた気がするのだけど・・・)が、橋を渡ってくれるらしい。ちょっと歩いてメコン川にかかる国境を渡たることを期待していたんだけど、タクシーは猛スピードで国境の橋を渡っていく。 この辺が国境である川の真ん中だろうか? ラオス側のイミグレーションの前で、車はタイに戻る。入国審査をしてラオス側で別の車を拾えという事らしい。 無事にラオス入国を果たし、また車を拾って事前に調べておいた街中王宮の近くのゲストハ ウスに。着いた頃には夜なので、宿にレストランが着いていたのは非常に助かった。 2005/02/04 Khamkhoun Hotel (値段不明)

Toshi
2005年2月4日


2005 Thai&Lao (3) バンチェン遺跡
ピマーイ遺跡から駅に戻り、夜行でさらに北上。朝方にウドンターニ(UDORNTHANI)の駅に到着。 ここから、世界遺産バンチェン遺跡まで、バスと思っていたが、教えてもらった所にやって来たのは乗り合いトラックのようなバス。地元のおばちゃんにまじって遺跡を目指す。 やって来たバンチェン遺跡はというと・・・・発掘現場のようなものはあまり見られず、一部の発掘時の模型が少しと、出発前にイメージしていた発掘当時の様子が写真で掲載。その他、発掘物の展示はいま博物館を準備中なのだということで、もともとイメージしていた様なものはほとんど見られず・・・・まぁ世界遺産巡りとしては来たことに意味がある。と、勝手に自分を納得させつつ、周りの土産物を見ながら町の少年たちと戯れてみる(笑 いちおう紹介。「バンチェン遺跡(Ban Chiang)」 タイ東北部ウドンターニの近くにある世界遺産。紀元前3~4000年前(日本では縄文時代)の遺跡として発掘され、メソポタミア文明や黄河文明と同じ時期に東南アジアに発達した文明があった証拠として注目される。 https://www.thai

Toshi
2005年2月4日


2005 Thai&Lao (2) ピマーイ遺跡
ナコンラチャーシーマーで一泊して、バスでピマーイ遺跡に ナコンラチャーシーマーから、バスで世界遺産ピマーイ遺跡はタイに残るアンコールワット様式のクメール遺跡。カンボジアのアンコールワットまでは、ちょっと・・・・という人にはタイでこの遺跡を訪れるのもおススメ。 私はアンコールを訪れたあとなので、感動は薄かったが、クメールの彫像のナーガやアプサラなども綺麗に残っており一見の価値あり。 ピマーイ遺跡 は、 アンコール へとつながるクメール古道の重要な終着点の一つ。アンコール遺跡北西260kmに位置し、同じく ナコーンラーチャシーマー 郊外にある パノ・ムルン遺跡 と、タイ - カンボジア国境にある プラウィハーン遺跡 (プレアヴィヒア遺跡)と並び、タイ国内では屈指のクメール遺跡である [1] 。 アンコール王朝 の主都 アンコール・ワット の副都的な役割を担っていたと考えられている。ピマーイ遺跡本堂南側回廊扉枠の石碑文によるとこの地域はもともとヴィマヤプラ(ヴィマヤの町)と呼ばれていたが、現在はピマーイと呼ばれている [2] [3] 。 Wikiped

Toshi
2005年2月3日


2005 Thai&Lao (1) タイとラオスの旅
アジアをめぐっている途中で出会う旅仲間によく、「アジアで何処が一番良かった?」という質問をしているんだけど、けっこう聞くのが「ラオス良かった」という意見。それまで、ラオスって、どこだっけ?昔はビルマって呼んだ国だっけ?ぐらいラオスの事を知らなかったけれど、興味が湧いて来た。ラオスには昔のアジアの雰囲気が残っていて笑顔の絶えない温かい仏教国だという事を聞いて、そして世界遺産ルアン・プラバーンの街に惹かれて、ラオスに行くことにした。 と言っても、仕事が忙しい時期でとりあえずプロジェクトが終わりそうな時期に休暇の予定をいれ、バンコク行きのチケットを予約。いつもどおり、アジアの旅の中心地カオサンにいけば、ラオス行の情報も手に入るだろうという緩い計画。 計画通り(?)、とりあえずカオサンに到着して旅行代理店などから情報収集しつつ、翌日の出発に向けて、ぶらぶら。 カオサンには辛うじて混沌としたアジアの旅人の拠点感はあるが(だいぶ観光地っぽくなってきた)、バンコクの街はどんどん発展していて、高層ビル街や高架鉄道が増えてきている。汚い恰好のバックパッカーが歩ける

Toshi
2005年2月2日


映画:天安門
89年6月4日、全世界を震撼させた中国・北京での天安門事件を再検証したドキュメンタリー。 この事件が起こったとき僕はまだ13歳だった。その時の幼稚な知識では何が起こっているのかもわからず、父親が話していた「日本の学生運動と似たような事が起こってる。中国も変ったな」といった意味の話だけを覚えている。改革開放路線、市場経済の導入と歩み、いつもいつも「これからは中国だ」と人々に言われつづけるこの国。たった13年前の天安門事件の傷も癒えていないだろうし、その時の学生が考えた問題意識も解決されてないのではないだろうか?いまだに残る共産主義の大国、アメリカニズムが良いとは思えないけど、まだまだこの国には色々なことが起こりそうな気がする。それまでという訳じゃないけど、もう少しお隣の大国を知ってみたい。 2004/1ごろ視聴 個人的好みによる評価: n/a おすすめ度:★★★★ 4.0 1995年製作/189分/アメリカ 原題または英題:The Gate of Heavenly Peace 配給:アップリンク 劇場公開日:1997年5月31日 スタッフ・キャスト

Toshi
2004年1月1日


2003 Cambodia (6) アンコール遺跡群
朝日だけ見て、一旦ゲストハウスに戻りシャワー&朝食を済ませて10時ぐらいから改めて観光に出かける。アンコールワットの中の見学は午後にして、遠い遺跡から周るのベターとナリス君の勧めに従う。 アンコールトム一帯から離れバイクで30分ほど悪路を走ったところに、他とは違った色の石で作られた小さな遺跡「 バンテアイ・スレイ 」がある。数年前に観光客が殺害される事件があったらしく2000年ぐらいまで近づくことが禁止されていたらしい。 ~Banteay Srei バンテアイ・スレイ~ 「東洋のモナリザ」と呼ばれるデヴァター(天女)の浮き彫り。なんでもあまりの美しさに丸ごと盗難されたが後に返却されたとか。そんな事もあってか残念ながら肉眼でしっかり見える距離まで近づけないようになっていた。 バンテアイスレイから未舗装の道をバイクで約40分、クバルスピアンのある山の麓に到着する。さすがにココまでの道のりはすごい、驚くほどの観光地化されているアンコール周辺とは違い、ひたすら田舎道を進む。その間の道の凸凹さや砂埃と言ったら相当なもの・・・(アンコール自体、そういう未開

Toshi
2003年12月6日


2003 Cambodia (5) アンコールワット
朝5時45分にバイクタクシーの運ちゃんと待ち合わせて、アンコールワットの日の出を見に行くことに。でも起きたのは6時すぎ、慌ててバイクに乗ったら普段は50Km/hぐらいの安全走行なのに、俺のためにガンガン飛ばしてくれた。もう日が昇ろうとしている。 カンボジアとはいえ、さすがに12月なので朝はかなり寒い。バイクでとばすとTシャツでは鳥肌が止まらない。空は白み始めていたけどなんとか日の出前のアンコールワットに到着。(結構人がいて驚いた) アンコールワットはアンコール遺跡群の中で唯一、東を背にしているので夕日より、朝日のほうが綺麗とは聞いていたが、 「 感動 」表現力の無い私にはこの一言しか言えない感じ。この風景を自分の物にしたくてシャッターを切りまくる自分と、ふと我に返ってタバコを吸いながらこんな景色を前に「そんな行為をあさましく思う」自分がいたりする。 900年前のアンコール王朝の栄華、クメールの夜明け。ここが決して遺跡や廃墟なんかではなく、ましてや観光地だけではない、今でも十分信仰を集める尊い場所なんだと・・。 朝日を見た後はゲストハウスに行

Toshi
2003年12月5日


2003 Cambodia (4) アンコールワット
昨日到着した後にプノンバケンに行く途中で、少しだけ見えてしまったアンコールワット。まだその美しい姿は翌日に取っておこうと、バイクの後ろに乗りながらあえて見ないようにしていた。 そして、今日は朝からアンコール遺跡巡り。バイクのドライバーがどういうコースで回るか聞いてくるが、どれがどこにあるのか分からず、まずはビッグサークルと呼ばれるコースで今日は回ることに。 ~アンコール・トム/南大門/バイヨン寺院~ ~プリアカン、タ・ソム、スラ・スラン~

Toshi
2003年12月4日


2003 Cambodia (3) シュムリアップ
ゲストハウスでチケットを取ってもらい、プノンペン=シュムリアプをスピードボードで行くことに。この船は絶対に屋根の上に載ってくつろぐのが一番とか何かに書いてあったのを思い出して屋根上に陣取る。多くの旅人がすでに屋根の上にウジャウジャと・・・。 プノンペン=シュムリアプ 25US$ 朝6時半発 所要約5時間半 この河をさかのぼるルートは超おすすめ 。風が最高に気持ちいいし、なんたって観光地とは違うカンボジアの農村地帯の景色や、川岸で漁をする人たちの生活が垣間見れてすごく印象深い。 トンレンサップ川をさかのぼって、トレンサップ湖を縦断してやっと日没前には、シュムリアプの近くの港(?)につく。 船がゆっくり進み始めると風を感じないため、陽射しがすごい強いのを感じる(というかそれまで気持ちいぃとしか感じてなかったんで)すでに腕や顔がヒリヒリ状態とは思わなかった。せめて日焼け止め塗ればよかったかも。 到着すると船着場にプノンペンのゲストハウスから連絡してもらったバイクタクシーの兄ちゃんが俺の名札を持ってお出迎え。さすがに雨季と乾季で湖の大きさが全然違うと

Toshi
2003年12月3日
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