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旅の記録以外の戯言を・・・
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2005 Thai&Lao (6) ヴァンビエン
まったく事前には予定していなかった場所ですが、旅をしている途中でラオスに行くなら、ヴァンビエン(バンビエン)に行くべき、最高だから!みたいな情報を何度か聞いたので、ビエンチャンからルアンプラバーンに行く途中で、寄ることに。直接いくとバスの時間も長くなるので、途中で泊るのはちょうどよいなと。 バスターミナルで、この時刻表を読み解きながらチケットを買い、目的のバス停に。バスは期待を大きく上回る(?)、ローカルなミニバス。屋根上に落ちそうになるまで荷物が積まれている。当然、私のバックパックも屋根上に。上げてもらう前にバックレインカバー付ければよかった・・・と思ったが、雨が降らない事を祈るしかない。 前半の道路は舗装されているが、ビエンチャンから離れるにつれて、どんどん道は悪くなっていく。(どうやら、2020年に中国の支援で、ビエンチャン=ヴァンビエン間に高速道路ができたらしい) ヴァンビエンに夕方到着。 山に囲まれた綺麗な川、そこにある素朴な自然たっぷりのリゾート地という感じ。とりあえず日没までに宿を探し、カフェでのんびり。 バス疲れもあるので、早

Toshi
2005年2月7日


2005 Thai&Lao (5) ビエンチャン
ラオスの首都ビエンチャン。 首都といっても、タイの地方都市ぐらいの感じ。前年2004年にビエンチャンでASEAN首脳会議が開かれるに合わせて、上の写真の公園や主要道路の舗装もされたらしいが、それまでは、かなり田舎な素朴な街だったらしい。 仏教国なので、お寺やパゴダが街のシンボル。いたるところに袈裟を着た、とくに少年僧が歩いていたのが非常に印象的。 セントラルマーケットは未舗装の屋台街という雰囲気で、まさしく思い描くアジアの雰囲気。しかも人が良いというか、観光客目当ての商売人とかが全然いないので、すごく気持ちよく過ごすことができた。 ここでゆっくりしたいところではあるが、先は長いので翌日にはヴァンビエンに向けて出発しなければいけないので、夕日と共にメコン川の土手にいっぱい集まる屋台で食事をして次の日にそなえる。

Toshi
2005年2月6日


2005 Thai&Lao (4) ラオス国境
国境の街ノーンカイから、車でビエンチャンの国境を超える。 タクシーで国境まで向かうが、そのまま車のまま出国手続き。 タクシーでどこまで行けるのか良くわかってなかったというか、英語がどこまで通じてるのか分からなかった(ボーダーまでって言ってた気がするのだけど・・・)が、橋を渡ってくれるらしい。ちょっと歩いてメコン川にかかる国境を渡たることを期待していたんだけど、タクシーは猛スピードで国境の橋を渡っていく。 この辺が国境である川の真ん中だろうか? ラオス側のイミグレーションの前で、車はタイに戻る。入国審査をしてラオス側で別の車を拾えという事らしい。 無事にラオス入国を果たし、また車を拾って事前に調べておいた街中王宮の近くのゲストハ ウスに。着いた頃には夜なので、宿にレストランが着いていたのは非常に助かった。 2005/02/04 Khamkhoun Hotel (値段不明)

Toshi
2005年2月4日


2003 Vietnam(5) フエ
チャンパ王国の中心として栄えたフエ、ベトナム最後の王国阮(グエン)朝世界遺産の王宮・廟を中心に訪れたいと以前から思っていた。 ベトナム戦争系の映画、「フルメタルジャケット」や「輝ける瞬間」でも王宮を舞台にした戦闘シーンもあり、ベトナム戦争のターニングポイントとなったテト攻勢の舞台ということで、複雑な気持ちで少しドキドキしながら訪れた。 残念ながら雨が降ってどんよりした肌寒い日。なんとなく本来なら華やかであろう王宮と、その暗い歴史を暗示したかのようか雰囲気で、気持ち的には負の遺産を見に来たようだった。 壮大な豪華な王宮と城郭、修復したらもっと立派で観光客も増えるんだろうなぁと思いながら、でもこのままの雰囲気や、壁や通路にのこる銃弾や爆弾の痕が物語る大切な遺産の一つ。 ベトナムの旅は色々と考えることが多かったし、これを機に改めてアジアの歴史や、ベトナム戦争の歴史を学ぶ機会になった。そして、歴史がどうであれ、そこを訪れる旅人たちとの交流、そして地元の人たちとの交流、そこには人と人の出会いとふれあいの時間があった。改めて旅って良いなぁと実感した時間であっ

Toshi
2003年1月10日


2003 Vietnam(4) ミーソン遺跡
ホイアンからバイクタクシーで1時間ほどかけてミーソン遺跡へ。 ミーソン遺跡は、4世紀ぐらいから15世紀ごろまで中部ベトナムを中心に発展したチャンパ王国の聖地であり、サンスクリットが見られるインド様式を取り入れた、ヒンドゥー教の遺跡。アンコール遺跡群よりは古い時代の遺跡だが、ベトナム戦争での破壊もひどく、まさに遺跡という感じ。 ミーソン遺跡はかなり初期の手積みの石でできていて、当時の技術を使って修復、復元するのはすごく大変だとか。ホイアンから来る観光客もまばらでしたが、少しずつ道などを作っている感じで、アクセスが良くなれば観光地化される日もくるかも。 ホイアンにもどると、賑やかな飲み屋街があり、そこで旅人たちとビリヤードやお酒を楽しむ。近くにクラブもあるとのことらしいが、明日の朝はもうフエに向かわなければいけないので、控えめに楽しむことにした(笑

Toshi
2003年1月8日


2000 Asia(3) Lankawi ランカウイ
KANCILのオーナーに別れつげ、バスでマレーシアの首都クアラルンプールへ移動。 着いたすぐその場で・・・・

Toshi
2000年3月1日


2000 Asia(2) Malacca マラッカ
ようやくマラッカに到着。バスターミナルに溢れかえるバスの排気ガスと、ドブ川の臭いが「アジアに来た・・・・

Toshi
2000年2月28日


2000 Asia (1) Singapore
ほぼ初めてのアジア周遊一人旅。大学卒業前にどうしても旅に出たかった。
場所は特にどこでも良かったが、アルバイトで貯めたお金で行ける場所は必然的に近場で物価の安い所。それまでアジアに興味があったわけでもないが、まずはアジアを知るのも・・・・

Toshi
2000年2月26日


1997 Europe (6)オランダ、フランス
オランダ・アムステルダムはあいにくの雨。というか、この旅で初めての雨かも。夏とはいえ天候には恵まれていたんだなぁ。どっちが晴れ男かわからんが、ほんとラッキーだった。 時間もお金もなくなってきたので、雨だという事もあって、アムステルダムから風車やチューリップを見に行くことは諦め、街中をブラブラ。もう明日は、最終地パリに向かう。 3か月ほど前にもパリには来ていたので、今回はノボルの希望する場所へ。といっても、とりあえず有名どころを回りたいという彼の希望は、凱旋門とエッフェル塔。前回自分で行ったときのおススメだった、オランジュリーやオルセーには興味が無いというので、あとはノートルダム大聖堂へ。 ここまでの旅で全く危険な目に合わなかったので、油断していたかも。たしかに、前回もパリは少し怖いと思っていたのに、完全に忘れていた。 移動の途中、パリの地下鉄で二人で列車に乗ろうとすると、駆け込み乗車の子供達に大勢囲まれる。私は乗り込んだんだけど、ノボルは押されて乗れず諦め。窓越しに次の駅で待っていると伝え、列車は出発。 すると、前に座っていたおっちゃんが、私

Toshi
1997年8月23日


1997 Europe (1) ヨーロッパの旅
1997年8月9日から「とりあえず行けるだけ行こう!」を目標に16日間のヨーロッパ旅行。頼りになるのは15日間有効なユーレイルパス&トーマスクックの時刻表と、つたない英語力。 特に不安は無かったけど、今から考えるとなかなかハードだったな~。 ☆ ユーレイルパス ・・・イギリスと北アイルランドを除く西ヨーロッパの国々にハンガリーを加えた計17カ国の国鉄で有効なパス。特急・急行料金も含まれており、ICやEC、TGVなどにも追加料金なしで利用できる乗り放題のチケット。追加の寝台料金だけで寝台列車もOK。(15日有効で約500US$) スタートはLONDON・waterloo駅10:23発唯一、予約をしておいたユーロスターで一路パリへ3時間の旅(入国審査を入れて4時間)。 イギリスでは電圧の関係上ゆっくりだが、フランスに入ってからはTGV走行(約300km/h)車内の快適さも新幹線以上。出国も入国も審査はほとんど?なかった。 2ndクラスのユーレイルパスじゃ乗れる席がなかったので、別料金数百円を払ってTGVファーストクラスへ。TGVにのってパリから南仏に

Toshi
1997年8月9日
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