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旅の記録以外の戯言を・・・
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2005 Thai&Lao (2) ピマーイ遺跡
ナコンラチャーシーマーで一泊して、バスでピマーイ遺跡に ナコンラチャーシーマーから、バスで世界遺産ピマーイ遺跡はタイに残るアンコールワット様式のクメール遺跡。カンボジアのアンコールワットまでは、ちょっと・・・・という人にはタイでこの遺跡を訪れるのもおススメ。 私はアンコールを訪れたあとなので、感動は薄かったが、クメールの彫像のナーガやアプサラなども綺麗に残っており一見の価値あり。 ピマーイ遺跡 は、 アンコール へとつながるクメール古道の重要な終着点の一つ。アンコール遺跡北西260kmに位置し、同じく ナコーンラーチャシーマー 郊外にある パノ・ムルン遺跡 と、タイ - カンボジア国境にある プラウィハーン遺跡 (プレアヴィヒア遺跡)と並び、タイ国内では屈指のクメール遺跡である [1] 。 アンコール王朝 の主都 アンコール・ワット の副都的な役割を担っていたと考えられている。ピマーイ遺跡本堂南側回廊扉枠の石碑文によるとこの地域はもともとヴィマヤプラ(ヴィマヤの町)と呼ばれていたが、現在はピマーイと呼ばれている [2] [3] 。 Wikiped

Toshi
2005年2月3日


2003 Vietnam(2) Saigon
ベトナム滞在2日目は、前日の夜会った友達達が ヤギ焼肉 を食べさせてくれるというので早速チャレンジ。原チャ(もちろんホンダ)でヤギ肉屋さんへ。タレについた肉を炭火で焼くんだけどこれがなかなか美味い!日本の数倍あるオクラも一緒に昼からサイゴンビールがすすむ。 ヤギ肉を食った後は、その現地の人たちの英語の先生と一緒にお茶。俺は食べた後だったんでコーヒーばっかり飲んでたけど、その店の バインセオ がスゲ-美味い!!はやくも ベトナム最高 と一人でにんまりしてしまった。どうやら現地の人も認める美味い店らしく、日本のガイドブックにも載っているとか。 ・ BANH XEO 46A (あとで気づいたんだけど、映画 「輝ける瞬間」 で大沢タカオが西田敏行に最初に会った場所が撮影されたのもココだと思う)この写真のピンクの教会の近くなので結構分かり易い場所かも。 ヤギにバインセオと、腹いっぱいになった後は食後の運動 サイゴンの中央にある大きな公園に行き初めて ペタンク- なる遊び(スポーツ?)を体験!ぱっと見た感じ横浜外人クラブで見た ローンボール...

Toshi
2003年1月6日


2003 Vietnam(1) Saigon
2003年正月早々、正月休みに連休をくっつけてベトナムへ。 今回は久しぶりにヨーロッパに行こうかと思ったが、あえて寒いところに行くのも悔しいのでやっぱりアジアへ。 テレビで見る限り活気と素朴さが入り混じった、日本人向けな国なのかな~と勝手な想像 出発前に何人かの知り合いが「ベトナムって大丈夫なのか?地雷だらけとかじゃないの?」と聞かれたりして、昔のベトナム戦争とかカンボジア内戦とかのイメージが強いのか、あんまり、「ベトナム行くの、うらやまし~」なんて声はなかった。 日本人って周りのアジアの国のこともあんまり分かってないんだよな~。とつくずく思った。(もちろん俺も何も知らないんだけどね。) 成田夕方発の、台北着が夜中。台北国際空港はかなり大きく、そこから街中台北駅周辺まで、バスで約40分。あまりにも夜中なのでテキトーに宿を探しチェックイン。 機内食だけだったのでお腹がへり、旅の初日の食事にはきわめて寂しいが、 「全家便利商店(ファミリーマート)」 で台湾のお弁当を買う。ラップと蓋を取ってレンジするとこが違うだけで、コンビニの中はまさに日本

Toshi
2003年1月4日


2001 China (2) 広州へ鉄道の旅
海は雨だったので、広州行き列車の出発まで上海博物館を見学。 その後、ランチを取った店がかなり良かった。上海北駅の近くにファミリーでやっていギョウザ屋さんらしく、奥で娘さんたちが器用にギョウザ包んでいた。 パンや果物といった食料を買い込み、いざ乗車。4人乗りの寝台ですでに地元のおっちゃんが2人。まずは軽く挨拶。さっそく社内をうろつきはじめると2.3輌先にいくと3段寝台の固臥シートの車両があったが、驚くほどすし詰め状態。「軟臥」にして良かった。 反対側の車両に向かってあるくと、2つめぐらいに食堂車が!らっき~。これで晩飯は安泰だなと思ったけど、ここも人でいっぱい。 もう日本では新幹線でもなくなった食堂車。乗客が食べているというより、乗務員や警備の人たちが食べている様子。暖かい物が食べれるのは嬉しい。 長い・・・・・ゆっくりな旅。 窓からの景色を眺め写真を撮り・・・・でもずっと同じ風景だと飽きてくる。 まぁ、こののんびり感を味わえるのが鉄道の旅の醍醐味。上海とは違う田舎の中国の風景 やっと、広州に到着・・ 永かった 約28時間!...

Toshi
2001年3月2日






2000 Asia (5) Bangkok
夜中中全然寝れないバスでの苦痛を乗り越え、やっとタイの首都バンコクに到着。 まずは有名な安宿街「 カオサンストリート 」へ。かなりのバックパッカーがたむろしていて怪しさ満点!よく見るとやっぱり日本人が多いみたい。さすがに卒業旅行シーズンなんであいてる宿が少なく、「みんなの広場」っていう韓国人が経営する宿に決定。まぁよくこんな汚い宿選んだな~って思うけど、ここがなかなか良かった。 2000/3/4 ー 2000/3/7 「みんなの広場(Backpaker's Meeting Place)」エアコン付ドミトリー 80バーツ。結局ここに3泊もすることに・・。 この宿がまったりした宿で、みんな昼間からビールのみながら小説読んだり、だらだらしてた。おれも日本の漫画が一杯あったのでそれを読みながらのんびり一日をすごす。ここで偶然知り合った日本人大学生と話すと、実はランカウイ島でもおれを見かけたらしい。すごい偶然だよな。 夜はその大学生と、宿で知り合った韓国人の女の子、その子の友達でバンコクに住んでるって子と一緒に飲み会。もちろんビールは像さんビール。も

Toshi
2000年3月5日


2000 Asia(4) To Bangkok
KualaPerlisについてみるとその港にはタイ行きのフェリーなんて無いって言われて、何とか探そうと何人かに聞いてみると、ランカウイから到着した港ではなく、別のところからでてるという。 歩いて15分くらいのところに港らしきもの(漁港にしか見えないが、Imigrationの看板があった)を発見。

Toshi
2000年3月3日


1997 Europe (5) ドイツ、デンマーク
オーストリアの首都ウィーンから、ドイツのフランクフルトへ夜行列車の旅。 乗ったのはヨーロッパの国際鉄道EuroCity、ハンガリーのデブレツェン(Decrecen)発のドイツ・フランクフルト(Frankfurt)行きの「EC 62 Bartok Bela 号」 8/18 15:05 Wien EC62 Bartok Bela 8/18 20:36 MÜNCHEN 8/18 23:12 MÜNCHEN ICN1500 8/19 7:26 BERLIN ミュンヘンの夜中、駅前に空いている店があったので、そこでソーセージとビールを飲み、さらに列車に乗り込み次はベルリンへ。 ベルリンに朝早く夜明け前に到着し、時間をつぶしつつ、ベルリンの壁へ。 この壁を群衆が壊し乗り越えたあの日のニュースは鮮明に覚えている。1989年だからまだ小学校6年生だったけど、歴史や政治も分かっていなかったけど世界が大きく動く瞬間なんだとと思ってTVを見ていた記憶。 有名な ブランデンブルク 門をくぐり、東ベルリン地域へ。すこし市内鉄道に乗って、東ベルリンをブラブラしてみ

Toshi
1997年8月18日


1997 Europe (3) スイス
ミラノからの鉄道は夜のうちにアルプスの麓からスイス国境を越え、ローザンヌ地方を走り首都のジュネーブ(Geneve)に到着。 8/13 15:58 VENEZIA st.Lucia 発 IC632 19:01 MILANO central 着 19:05 MILANO central 発 E328 00:20 GENEVE 着 5th Night :レマン湖の公園 料金:無料 ジュネーブに着いたのは0時過ぎ。意外と人通りも少なく静かで宿なんて探せなさそうな雰囲気。翌日は移動する予定だったので、 スイスって安全だろ~。って楽観的な考えでレマン湖のほとり「イングランドパーク」のベンチで夜明けまで野宿・・・。ちょっと寒い。 やっと寝付いた頃に、なにやら物音。 まさか!? と思って飛び起きたら、そこには パトカーと警官が2人 ・・。やばい?! でも警官は 、「おまえら旅行者か? 何日ここで寝るつもりだ?」 って。いやもちろん今晩だけです。 「じゃあ気を付けてね」と、警官。 ありがとう、そんな何日も野宿しないよ。 レマン湖のほとりから歩いて、

Toshi
1997年8月13日
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