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旅の記録以外の戯言を・・・
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2003 Cambodia (6) アンコール遺跡群
朝日だけ見て、一旦ゲストハウスに戻りシャワー&朝食を済ませて10時ぐらいから改めて観光に出かける。アンコールワットの中の見学は午後にして、遠い遺跡から周るのベターとナリス君の勧めに従う。 アンコールトム一帯から離れバイクで30分ほど悪路を走ったところに、他とは違った色の石で作られた小さな遺跡「 バンテアイ・スレイ 」がある。数年前に観光客が殺害される事件があったらしく2000年ぐらいまで近づくことが禁止されていたらしい。 ~Banteay Srei バンテアイ・スレイ~ 「東洋のモナリザ」と呼ばれるデヴァター(天女)の浮き彫り。なんでもあまりの美しさに丸ごと盗難されたが後に返却されたとか。そんな事もあってか残念ながら肉眼でしっかり見える距離まで近づけないようになっていた。 バンテアイスレイから未舗装の道をバイクで約40分、クバルスピアンのある山の麓に到着する。さすがにココまでの道のりはすごい、驚くほどの観光地化されているアンコール周辺とは違い、ひたすら田舎道を進む。その間の道の凸凹さや砂埃と言ったら相当なもの・・・(アンコール自体、そういう未開

Toshi
2003年12月6日


2003 Cambodia (5) アンコールワット
朝5時45分にバイクタクシーの運ちゃんと待ち合わせて、アンコールワットの日の出を見に行くことに。でも起きたのは6時すぎ、慌ててバイクに乗ったら普段は50Km/hぐらいの安全走行なのに、俺のためにガンガン飛ばしてくれた。もう日が昇ろうとしている。 カンボジアとはいえ、さすがに12月なので朝はかなり寒い。バイクでとばすとTシャツでは鳥肌が止まらない。空は白み始めていたけどなんとか日の出前のアンコールワットに到着。(結構人がいて驚いた) アンコールワットはアンコール遺跡群の中で唯一、東を背にしているので夕日より、朝日のほうが綺麗とは聞いていたが、 「 感動 」表現力の無い私にはこの一言しか言えない感じ。この風景を自分の物にしたくてシャッターを切りまくる自分と、ふと我に返ってタバコを吸いながらこんな景色を前に「そんな行為をあさましく思う」自分がいたりする。 900年前のアンコール王朝の栄華、クメールの夜明け。ここが決して遺跡や廃墟なんかではなく、ましてや観光地だけではない、今でも十分信仰を集める尊い場所なんだと・・。 朝日を見た後はゲストハウスに行

Toshi
2003年12月5日


2003 Cambodia (4) アンコールワット
昨日到着した後にプノンバケンに行く途中で、少しだけ見えてしまったアンコールワット。まだその美しい姿は翌日に取っておこうと、バイクの後ろに乗りながらあえて見ないようにしていた。 そして、今日は朝からアンコール遺跡巡り。バイクのドライバーがどういうコースで回るか聞いてくるが、どれがどこにあるのか分からず、まずはビッグサークルと呼ばれるコースで今日は回ることに。 ~アンコール・トム/南大門/バイヨン寺院~ ~プリアカン、タ・ソム、スラ・スラン~

Toshi
2003年12月4日


2003 Cambodia (3) シュムリアップ
ゲストハウスでチケットを取ってもらい、プノンペン=シュムリアプをスピードボードで行くことに。この船は絶対に屋根の上に載ってくつろぐのが一番とか何かに書いてあったのを思い出して屋根上に陣取る。多くの旅人がすでに屋根の上にウジャウジャと・・・。 プノンペン=シュムリアプ 25US$ 朝6時半発 所要約5時間半 この河をさかのぼるルートは超おすすめ 。風が最高に気持ちいいし、なんたって観光地とは違うカンボジアの農村地帯の景色や、川岸で漁をする人たちの生活が垣間見れてすごく印象深い。 トンレンサップ川をさかのぼって、トレンサップ湖を縦断してやっと日没前には、シュムリアプの近くの港(?)につく。 船がゆっくり進み始めると風を感じないため、陽射しがすごい強いのを感じる(というかそれまで気持ちいぃとしか感じてなかったんで)すでに腕や顔がヒリヒリ状態とは思わなかった。せめて日焼け止め塗ればよかったかも。 到着すると船着場にプノンペンのゲストハウスから連絡してもらったバイクタクシーの兄ちゃんが俺の名札を持ってお出迎え。さすがに雨季と乾季で湖の大きさが全然違うと

Toshi
2003年12月3日


2003 Cambodia (2) プノンペン
前日にゲストハウスまで送ってもらったバイクタクシーを一日チャータして、プノンペンの市内を観光する。 王宮とシルバーパコダは午後からしか入れないというので、少し早めに昼食を取って「キリングフィールド」へ向かうことにする。 出発前に映画を見ておいてよかったと思った。何も知らずにガイドブック片手に着ただけだと、「ああ~ここが」てな感じで一観光地になっていたかもしれない。正直いって全てを直視する勇気が無かった。かがみこんでみると足元に転がる白い物が目に入る「石だよ・・」と言い聞かせつつ拾い上げるが、自分の中でこみ上げてくる感情は忘れられない。 ~キリング・フィールド~ 1970年台、カンボジア内戦を終わらせたクメールルージュがポルポト政権下に行った非情な残虐行為。都市の住民を農村へ強制移住させ集団農園などで働かせながら一方で知識人や外国人といったあらゆる人たちを反逆罪で殺戮していった。当時のカンボジア国民の4分の1にあたる170万人もの人々を殺戮したとされている。ここプノンペン市内のキリングフィールド(カンボジア国内に他にも同様の場所が存在する)だけで

Toshi
2003年12月2日


2003 Cambodia (1) カンボジア
友達の「アンコールワットは早く行っておいた方が良い。たぶん観光地化されると雰囲気が失われる」というアドバイスを元にアンコールワットへの旅の計画を立て始めた。 念願のアンコールワット行きの航空券を買ったはいいが全くカンボジアの知識が無いので、映画をあさってカンボジア学習。「 キリングフィールド 」と「 地雷を踏んだらサヨウナラ 」どちらもアンコールワットと言うよりカンボジア内戦物だけど予習は完璧。 相変わらず無計画にアンコールワットに行くにもかかわらず、バンコク往復のチケットとバンコクでの初日の宿だけ予約して出発。珍しく2時間前にちゃんと成田に到着したと思いきやNorthWestは3時間遅れ・・・。おいおい!10$の食事券じゃなぁ・・・夜中到着がさらに遅くなるのが心配。結局バンコクに着いたのは夜中の2:00。 しかもカオサンについたのは3:00で、日本から電話で予約したゲストハウスはなぜか満室・・・・。夜の店番には予約したって言うても通じひんし、仕方なくカオサンをぶらついて空き部屋のあったゲストハウスに宿泊。 2003.Nov.30 SAWASD

Toshi
2003年11月30日


2003 Vietnam(5) フエ
チャンパ王国の中心として栄えたフエ、ベトナム最後の王国阮(グエン)朝世界遺産の王宮・廟を中心に訪れたいと以前から思っていた。 ベトナム戦争系の映画、「フルメタルジャケット」や「輝ける瞬間」でも王宮を舞台にした戦闘シーンもあり、ベトナム戦争のターニングポイントとなったテト攻勢の舞台ということで、複雑な気持ちで少しドキドキしながら訪れた。 残念ながら雨が降ってどんよりした肌寒い日。なんとなく本来なら華やかであろう王宮と、その暗い歴史を暗示したかのようか雰囲気で、気持ち的には負の遺産を見に来たようだった。 壮大な豪華な王宮と城郭、修復したらもっと立派で観光客も増えるんだろうなぁと思いながら、でもこのままの雰囲気や、壁や通路にのこる銃弾や爆弾の痕が物語る大切な遺産の一つ。 ベトナムの旅は色々と考えることが多かったし、これを機に改めてアジアの歴史や、ベトナム戦争の歴史を学ぶ機会になった。そして、歴史がどうであれ、そこを訪れる旅人たちとの交流、そして地元の人たちとの交流、そこには人と人の出会いとふれあいの時間があった。改めて旅って良いなぁと実感した時間であっ

Toshi
2003年1月10日


2003 Vietnam(4) ミーソン遺跡
ホイアンからバイクタクシーで1時間ほどかけてミーソン遺跡へ。 ミーソン遺跡は、4世紀ぐらいから15世紀ごろまで中部ベトナムを中心に発展したチャンパ王国の聖地であり、サンスクリットが見られるインド様式を取り入れた、ヒンドゥー教の遺跡。アンコール遺跡群よりは古い時代の遺跡だが、ベトナム戦争での破壊もひどく、まさに遺跡という感じ。 ミーソン遺跡はかなり初期の手積みの石でできていて、当時の技術を使って修復、復元するのはすごく大変だとか。ホイアンから来る観光客もまばらでしたが、少しずつ道などを作っている感じで、アクセスが良くなれば観光地化される日もくるかも。 ホイアンにもどると、賑やかな飲み屋街があり、そこで旅人たちとビリヤードやお酒を楽しむ。近くにクラブもあるとのことらしいが、明日の朝はもうフエに向かわなければいけないので、控えめに楽しむことにした(笑

Toshi
2003年1月8日


2003 Vietnam(3) Hoi An ホイアン
朝からサイゴンを出発する準備をして、12時に宿をチェックアウト。サイゴンから飛行機で約1時間、 ベトナム中部の都市ダナン に到着した頃はもう日が沈見かけていた。しかもサイゴンと違って かなり寒い! 。 空港で出会った日本人とアメリカ人の夫婦と一緒にワンボックスタクシーでダナンから一路ホイアンまで。しかし良くこんな真っ暗な道でバイクも人もいるなかを猛スピードで走る。ちょっとビビリながら約1時間で ホイアン の街に到着。 サイゴン → ダナン(VietnamAIR) VDN 950,000 ダナン → ホイアン(タクシー) VDN 200.000/5人 古都ホイアンは 美しい町並みが「世界遺産」に指定されている。 残念ながら、ぜんぜん良い写真が撮れていなかったので、ちょっとネットから借り物の写真で雰囲気をどうぞ。京都出身の俺としてはかなり親しみを感じる街。うるさいシクロや物売りも少ないし皆やさしそう。 朱印船貿易が盛んだった17世紀頃には長さ300mほどの日本人町があり、300人以上(1,000人以上とも)の日本人が住んでいたと言われている

Toshi
2003年1月7日


2003 Vietnam(2) Saigon
ベトナム滞在2日目は、前日の夜会った友達達が ヤギ焼肉 を食べさせてくれるというので早速チャレンジ。原チャ(もちろんホンダ)でヤギ肉屋さんへ。タレについた肉を炭火で焼くんだけどこれがなかなか美味い!日本の数倍あるオクラも一緒に昼からサイゴンビールがすすむ。 ヤギ肉を食った後は、その現地の人たちの英語の先生と一緒にお茶。俺は食べた後だったんでコーヒーばっかり飲んでたけど、その店の バインセオ がスゲ-美味い!!はやくも ベトナム最高 と一人でにんまりしてしまった。どうやら現地の人も認める美味い店らしく、日本のガイドブックにも載っているとか。 ・ BANH XEO 46A (あとで気づいたんだけど、映画 「輝ける瞬間」 で大沢タカオが西田敏行に最初に会った場所が撮影されたのもココだと思う)この写真のピンクの教会の近くなので結構分かり易い場所かも。 ヤギにバインセオと、腹いっぱいになった後は食後の運動 サイゴンの中央にある大きな公園に行き初めて ペタンク- なる遊び(スポーツ?)を体験!ぱっと見た感じ横浜外人クラブで見た ローンボール...

Toshi
2003年1月6日


2003 Vietnam(1) Saigon
2003年正月早々、正月休みに連休をくっつけてベトナムへ。 今回は久しぶりにヨーロッパに行こうかと思ったが、あえて寒いところに行くのも悔しいのでやっぱりアジアへ。 テレビで見る限り活気と素朴さが入り混じった、日本人向けな国なのかな~と勝手な想像 出発前に何人かの知り合いが「ベトナムって大丈夫なのか?地雷だらけとかじゃないの?」と聞かれたりして、昔のベトナム戦争とかカンボジア内戦とかのイメージが強いのか、あんまり、「ベトナム行くの、うらやまし~」なんて声はなかった。 日本人って周りのアジアの国のこともあんまり分かってないんだよな~。とつくずく思った。(もちろん俺も何も知らないんだけどね。) 成田夕方発の、台北着が夜中。台北国際空港はかなり大きく、そこから街中台北駅周辺まで、バスで約40分。あまりにも夜中なのでテキトーに宿を探しチェックイン。 機内食だけだったのでお腹がへり、旅の初日の食事にはきわめて寂しいが、 「全家便利商店(ファミリーマート)」 で台湾のお弁当を買う。ラップと蓋を取ってレンジするとこが違うだけで、コンビニの中はまさに日本

Toshi
2003年1月4日


映画:キリングフィールド
カンボジア内戦でのクメールルージュの非道・残虐性を物語っている。はっきり言ってショックだった、ベトナム戦争の話は色々と映画を見たりしてちょっとは知っているつもりだったけど、カンボジア内戦が、しかもついこの間までこんな状態だったとは知らなかった。。現地新聞記者と海外特派員の間に生まれた友情とその生への想いが伝わったストーリーも無理に感動ものにしていないところが良かった。最後の映像で使われていた「イマジン」、この曲がジョン・レノンを語るための曲ではなく、この時代・この世界のために歌われた曲だということを実感したし最高の選択だとおもう。 2003/2 ごろ視聴 個人的好みによる評価:★★★★☆ 4.5 おすすめ度:★★★★★ 5.0 1985年製作/イギリス 原題または英題:The Killing Fields 配給:ワーナー・ブラザース 劇場公開日:1985年8月31日 スタッフ・キャスト 監督: ローランド・ジョフィ 脚本: ブルース・ロビンソン 製作: デビッド・パットナム Sydney Schanberg :サム・ウォーターストン Dit

Toshi
2003年1月3日
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